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2015年2月4、5週目週次

2週分やってしまおうではないか。まだ色々と試行錯誤のため、やり方色々と変えてみます。

 

⬛︎4週目

大切な人になればなる程甘えることが出来なくなってしまうこと。わがままではなくて、素直に頼ったりとか、自分の気持ちをいうことが、どれほど難しいかということを去年痛いほど実感した。次に大切な人と向き合うときがきたら、ちゃんと自分と相手に素直でありたい、と友人に森もり子のスタンプを友達にプレゼントして思った。

自分がしてきた選択について。去年は自分の人生の中でワースト1の一年だったのだけれど、でもその中で苦しみながら悲しみながら選びとってきた今に、自分にとって正解なものしかないというとしみじみと実感している。人生とは自分に必要なことしか起きない。享受せよ。

この週読んだ本。

犬とハモニカ (新潮文庫)

犬とハモニカ (新潮文庫)

 

 久々に江國香織を読むと、文体にほっとしてしまう。江國香織の本って感想が思い浮かばないのだ。「ただなんでもない」ことを読むのが好きなのだ。細やかな感情の機微をただ眺める。

 

⬛︎5週目

先週はとにかく運動フェーズ。やっとこさスニーカーを前のホームから取ってきたので、仕事の帰り道にあるコナミに寄って走っています。

わたしのなかでの運動の位置付けは、精神衛生を良くするためのツールであるのです。音楽を爆音で聞きながら走っていると、だんだんと心の中がからっぽになって、その後にサウナに入ると、色々と思い悩んでいたことに対して、穏やかに考えられるようになる。今週はそれが出来たので大分心穏やかに過ごせた。1月思うようにジムに行けなくて精神衛生が大変なことになったので、やっぱり暫くは週3〜4で通わないとダメですね。

ハウスオブローゼの今春限定の、ディズニーコラボのすみれの花の砂糖漬けの香り。香りの名前の可愛さにノックアウトされて、一式買ってしまいました。ボディクリーム、ちょっとテクスチャ固いけどいい香り。甘めのフローラル。すみれの花の砂糖漬けと言ったらこれ。

すみれの花の砂糖づけ (新潮文庫)

すみれの花の砂糖づけ (新潮文庫)

 

 

この週読んだ本

走ることについて語るときに僕の語ること (文春文庫)

走ることについて語るときに僕の語ること (文春文庫)

 

 何年か前のわたしだったら読んでいなかった。実際に走ることにあまり興味がなくて他のエッセイについては読んでいたけれど、これは読んでいなかったし。でも、東京マラソンもあったし、読んでみようかしら、と読んだらすごく今のわたしに必要な本だった。人生に於いての走ることへの関わり方。走ることでの自己の見つけ方。

以下気になった文章メモ。

世間にはときどき、日々走っている人に向かって「そこまで長生きをしたいかね」と嘲笑的に言う人がいる。でも思うのだけれど、長生きをしたいと思って走っている人は、実際にはそれほどいないのではないか。むしろ「たとえ長く生きなくてもいいから、少なくとも生きているうちは十全な人生を送りたい」と思って走っている人の方が、数としてはずっと多いのではないかという気がする。同じ十年でも、ぼんやりと生きる十年よりは、しっかりと目的を持って、生き生きと生きる十年の方が当然のことながら遥かに好ましいし、走ることは確実にそれを助けてくれると僕は考えている。与えられた個々人の限界の中で、少しでも有効に自分を燃焼させていくこと、それがランニングというものの本質だし、それはまた生きることの(そして僕にとってはまた書くことの)メタファーでもあるのだ。

僕は空を見上げる。そこには親切心の片鱗のようなものが見えるだろうか?いや、見えない。太平洋の上にぽっかりと浮かんだ、無頓着な夏雲が見えるだけだ。それは僕に何も告げてはくれない。雲は無口だ。僕は空を見上げたりするべきではないだろう。視線を向けなくてはならないのは、おそらく自らの内側なのだ。僕は自分の内側に目を向けてみる。深い井戸の底をのぞきこむみたいに。そこには親切心が見えるだろうか?いや、見えない。そこに見えるのは、いつもながら僕の性格でしかない。個人的で、頑固で、協調性を欠き、しばしば身勝手で、それでも自らを常に疑い、苦しいことがあってもそこになんとかおかしみをーあるいはおかしみに似たものをー見いだそうとする、僕のネイチャーである。古いボストンバックのようにそれを提げて、僕は長い道のりを歩んできたのだ。気に入って運んでいたというわけではない。中身のわりに重すぎるし見かけもぱっとしない。ところどころほつれも見れる。それ以外に運ぶべきものもなかったから仕方なく運んできただけだ。しかしそれなりに愛着のようなものもある。もちろん。 

大事なものごとは、ほとんどの場合、目には見えない(しかし心では感じられる)何かなのだ。そして本当の価値のあるものごとは往々にして、効率の悪い営為を通してしか獲得できないものなのだ。たとえむなしい行為であったとしても、それは決して愚かしい行為ではないはずだ。僕はそう考える。実感として、そして経験則として。

 向き合うことというのは往々にして苦しいけれど、それを意識的やらないで無為な生活を送るのがわたしには一番怖いことだ。遠回りに見えてもわたしにはそれしか出来ないのだから、そうやって生きていくしかないのだよな、と思う。

 

⬛︎今週のノルマ

植物図鑑 (幻冬舎文庫)

植物図鑑 (幻冬舎文庫)

 

 

 

・平日出来るだけジムへ行く

・水曜日のヨガプログラムに出る

・ブログの更新

・野菜をたくさん摂る

ガラケーの充電器を買う

・良いブックカバーを物色する