真夏の通り雨(雑想#96)

雑踏のなかで、目に映るものは幾億もの情報。そのなかから何度も目に付くものというのは、たぶん自分のなかで求めているものなのだろう、と信じています。運命的に、ドラマティックに。

Fantôme

Fantôme

 

 聴いてみたい、と思った時にiTunesで購入出来るのは本当に便利ですね。

きのうの深夜、DLして部屋の明かりを暗くしてぼんやりと聴いていたらとある曲に冷水を被せられた。とんでもない曲を聴いてしまったという後悔と、直感的にこの曲を求めていた自分への恐怖、そしてまだこういう曲に敏感になっているという憤り。聴いている最中に心がぎゅうとなるのは久々だ。大丈夫、大丈夫と言い聞かせているのに、すぐ持って行かれてしまうのだから参ってしまう。いつまでここで立ち止まっているのだろうか。「前進、もしくは前進のように思われるもの」を順調にしてきたのに、ここだけはずっとここのままなんて、うわー!嫌だー!!と地団駄を踏んで転がりたい気分だ。まったく不要なセンチメンタリズムだ。美化された過去なんて。切り捨て御免だ、わたしは先へ進みたいし進むのだ。

あー、もっともっと内省をちゃんとした文章に出来ればいいのにな。何だかタイピングしてて腹が立ってきちゃったわ。誰に?わたしに?過去に?

 

とりあえずきょうのMステエイト楽しみです!!と精一杯にこのブログ成分を最後に叫んどきます、高らかに。